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2008/10/13
速報、東京ゲームショウ2008

先週までに引き続き、中東の最新ゲーム事情を…、
と思ったのだが、
9日〜12日にかけて、国内最大のゲームの祭典である
「東京ゲームショウ2008」が開催されていたこともあり、
また、そもそも中東の最新ゲーム事情なんか、
これっぽっちも触れてないじゃねーか、ということもあり、

何はともあれ、ゲームの連載物を書いている以上は、
ゲームショウに触れないわけにはいかないだろう、と。

かくも長々と前置きを書きましたが、
仕事柄、しっかり現場にも足を運んできたので、
その生の様子も交えつつ、レポートをば。

……………………………………………………

訪れたのは、ゲームショウ初日の9日午後。
プレスおよびビジネス関係者のみ入場できるビジネスデイ
だったこともあってか、会場内はさほど混雑していなかった。

大行列をつくっていたのは、一気にカプコンの看板タイトルとなった、
『モンスターハンター』シリーズの最新作、『3(トライ)』。
なんと、最大で4時間待ちにもなったらしい。

発売前に体験ができる数少ない機会ということもあり、
何よりも、業界人にファンが多い作品としても知られる同作ではあるが、
ビジネスデイで4時間待ちというのは、異例中の異例。
ディズニーのアトラクションより魅力的な何かがそこにはある、のか?

そういえば、会場である幕張メッセへの道中で、
ディズニーランドのある舞浜駅を通過する。
これがビジネスデイなら、
まだスーツ姿の人も多く、違和感はさほど無い。

が、土日ともなれば、同じ電車内に、
かたや、舞浜に向かう家族やカップル。
かたや、幕張に向かうオタクやコスプレイヤー。
が混在することに。。

絶対に負けられない戦いが、そこにはある。
なんのこっちゃ。

……………………………………………………

次に目についたメーカーは、レベルファイブ。
あの『ドラゴンクエスト8』の制作を手がけたことで注目を集め、
今や自主企画でも『レイトン教授』シリーズで大ヒットを飛ばした、
新進気鋭のゲームメーカーである。

同社は、昨年から大きく展示スペースを広げ、
トップメーカーと肩を並べる規模の出展となったのだが、
あのスタジオジブリとのコラボレーション企画『二ノ国』をはじめ、
期待に違わぬ豪華なラインナップで会場を沸かせていた。

そういえば、昨年のゲームショウで、
上記の『モンスターハンター』に勝るとも劣らない行列を作ったのも、
レベルファイブだった。

奇しくも、今年行列が作られたカプコンの展示スペースは、
昨年、レベルファイルが出展していた場所。
コンテンツのパワーもさることながら、
地理的に行列ができやすい場所と言えるかもしれない。

……………………………………………………

さて。
例年、任天堂はゲームショウには出展をしない。
それはイコール、残る2大ハードメーカー、
ソニーコンピュータエンタテインメント(PlayStation)と、
マイクロソフト(Xbox)にとって、
その存在感をアピールするための格好の舞台になりうるわけだ。

昨年は、両者とも任天堂のWiiそしてDSの勢いに押されていたものの、
まだソニー陣営が、PlayStation2までの優勢を持続し、
マイクロソフト陣営は日陰に追いやられていた感があった。

が、今年の印象は、ほぼ互角。
Xbox360も、大作RPGを多数取り揃え、確実に販売を伸ばしてきた。
そもそも、海外特にアメリカでは、Xbox360の販売が上回っている。

2強から3強へ。
マイクロソフトが、かつてのセガの位置まで上ってくれば、
国内のゲーム業界もさらなる活性化が促されることだろう。

なお、任天堂は、ゲームショウに出ない代わりに、
単独で任天堂カンファレンスなるものを開催するのが恒例。

今年は、ゲームショウの一週前に開催され、
その場で新型ニンテンドーDS(ニンテンドーDSi)が発表された。

その名称を見たとき、
「おいおい、アップルに怒られるんじゃねーか?」
と余計な心配をしたものだが。。

……………………………………………………

まだまだレポートしたいブースはたくさんあった。
スクウェアエニックスの、大ボリュームの映像出展etc…

が、ひとまずこのぐらいで打ち止めとしておこう。
興味のある方は、ファミ通の下記特設サイトでも覗いていただきたい。

なお、今回のゲームショウの総来場者数は、
のべ194,288人を数え、過去最高を更新したとのこと。

世界同時株安の影響も何のその。
ゲーム業界の好景気は、まだしばらく続きそうな様相だ。

東京ゲームショウ公式サイト
http://tgs.cesa.or.jp/

ファミ通.com - 東京ゲームショウ2008特設サイト
http://www.famitsu.com/event/tgs/2008/

12:00 | ゲーム | No Comments
2008/08/23
あのアイテム、おいくら?

ゲーム界の通貨のこと。

『ドラゴンクエスト』なら“ゴールド”。
『ファイナルファンタジー』なら“ギル”。
『ゼルダの伝説』なら“ルピー”。

ひとつのゲームにひとつの通貨。
すげえ、世界統一通貨だ。

という政治的な話は置いておいて。

果たしてこのゲームの世界の物価は適正なのだろうか?
というのが、今回のお題。

……………………………………………………

せっかくだから、最近発売された、
『ドラクエ5(DS)』を例に挙げて検証してみよう。

現実の貨幣価値と比較するとわかりやすそうだ。
が、なかなか現実世界と一致するアイテムが存在しない。

剣やら鎧なんて、
現代社会じゃ滅多にお目にかからない。
人を生き返らせるアイテムなんて、
現実じゃあいくら金を積んでも手に入らない。

さて、なにかいいアイテムは無いものか。。

・
・
・

あった。
これだ。

ブーメラン 420ゴールド(G)

投げたら戻ってくる、あれ。
さて今時の子供はブーメランなんかで遊ぶのかわからないが。

とりあえず。
早速、本物のブーメランの値段を検索。

まさか、この歳になって、
ブーメランの相場を調べることになるとは夢にも思わなかった。

出てくる出てくる。
安いものだと数百円から。
ピンからキリまでありそうだ。

とはいえ、モンスターを倒せるぐらいの代物だから、
紙製やプラスチック製のちゃちなやつではダメだろう。

木製の、いかにもブーメランっぽいやつは無いものか…

・
・
・

あった。
これだ。

アボリジニージェッダブーメラン 5,800円
http://www.rakuten.co.jp/rangsjapan/866989/709331/

オーストラリア先住民族アボリジニーの名を冠した品。
こいつなら、きっとカンガルーをなぎ倒せるに違いない。

…つまり。
420G=5,800円(税込6,090円)
1G=14.5円

という両替レートが成立するということになるはずだ。
やや無理矢理。

……………………………………………………

このレートで、いろいろなアイテムを換算してみる。

やくそう 8G=116円
どくけしそう 10G=145円
お鍋のふた 40G=580円
たけのやり 50G=725円
果物ナイフ 50G=725円

145円であらゆる毒が消える、どくけしそうに脱帽。
それ以外は、なんだか適正な物価っぽい。

…

かわのたて 70G=1,015円
絹のエプロン 110G=1,595円
ヘアバンド 150G=2,175円
まもののエサ 200G=2,900円
銀の髪飾り 450G=6,525円
ファイト一発 600G=8,700円

エプロンとかヘアバンドとか、
リアルにショッピングセンターで売ってそうな価格だ。

問題は、ファイト一発(リ●ビタンD?)の高騰ぶり。
飲めばたちまち元気になって攻撃力2倍、というアイテムなのだが、
メーカー希望小売価格146円に対して、実に60倍!
リ●Dロイヤルでも525円なので、その効き目は半端ではないのだろう。

…

はがねの剣 2,000G=29,000円
はがねの鎧 2,300G=33,350円
シルクハット 2,000G=29,000円
レースのビスチェ 5,500G=79,750円

剣やら鎧やらが、3万円前後。
これを高いと見るか、安いと見るか…

シルクハットはこんなもんが妥当かと思いつつも調べてみたら、
29,400円とドンピシャのやつを発見。
が、157,500円なんてものもある様子。
ドラクエの世界では比較的ノーマルなものを使用しているようだ。
http://hat-tsujino.com/cp-bin/oscommerce/catalog/default.php/cPath/75

…

水鏡のたて 33,000G=478,500円
破壊の鉄球 50,000G=725,000円

最後は、高価格帯の商品群。
ここまでくると最早良くわからない。
が、最強クラスの武器・防具が100万円以下で手に入るならお得、
なのかもしれない。

というか、それで魔王が倒せるなら、誰かカンパしてほしい。

……………………………………………………

そのほか、ゲームの中のお金と言えば、
「なんでモンスターが金を落とすのか?」

という、普遍的かつ永遠のテーマもあるにはあるが、
そこまで言い出したらキリが無い。

どこかの誰かが、
RPGとはそういうものだ、と決めてしまったのだから、
ここは大人しくゲームの文法に従うのが筋というものだ。

・
・
・

以上。

何の得にもならない、
くだらないおカネのはなし。

暴走はしていない、たぶん。

12:00 | 雑文, ゲーム | No Comments
2008/07/09
ネット発、アキバ行 vol.3

テレビゲームが生まれて、約25年。
インターネットが普及するようになって、約15年。

目覚ましく発達した技術が、
人間の進歩を凌駕してしまった。
なんて声もある。
そこから引き起こされる重大な問題が隠されているのだ、と。

そう、かもしれない。
わからないものは怖い、と言っているだけかもしれないし、
饅頭怖いの類いかもしれない。

そうした、ゲームやネットを悪とする論調に対して、
ゲーム擁護派は、今度は一斉に、
「マスコミが悪いと書き立てるのが悪い」と騒ぐ。
しばしばマスコミが、そういう方向に煽っている、と。

するとふたたび、メディアはゲームを非難する。

ゲームとマスコミは、そうしていたちごっこを繰り返し、
火と油の関係性を保ったままでいる。

今度の事件が引き金となって、多少なりとも、
双方の言い分が交錯した場面はあった。
しかし、いつもの調子で、堂々巡りの繰り返し。
結局何も解決はしない。

悪影響論も、そうやって、
たいした進展も無いままに10数年が過ぎ去った。

その10数年の論争の間に、秋葉原は、
さながら宗教論争におけるエルサレムのような地位を、
着々と築き上げていった。

……………………………………………………

脱線。

そもそも。
本質的に、ゲームとマスコミとは相容れないのでは、
とふと思う。

だってほら。
ゲームをプレイしている間は、
テレビというハコはゲームに占有されてしまうのだから。
CM収入で生計を立てているテレビ局などは、
番組を見ずにゲームをプレイする人ばかりになっては、
それこそ死活問題だ。

実は、大いなる敵対関係にあってしかるべきなのでは。
というのは、あまりにも穿った物の見方だろうか。

眉唾ではあるが、
インターネットが爆発的に普及したのは、
テレビと相容れる(平行して見ることができる)から、
という説もあると聞く。

……………………………………………………

先にも述べたが、
現時点では、ゲームが悪影響があるのかどうか、
たしかなことはわかっていない。
そこに、ネット社会の弊害、みたいな話まで絡み合い、
さらに事態は複雑化してきている。

ただ。
そのような報道が出ることそのものが、
ゲームの今の価値なのだろう、
と思う。

ゲームは、まだまだ社会的価値を確立しては居ないのだ、と。

ファミコンの誕生から25年。
四半世紀という時間は、
ある物事の社会的価値を定めるにはあまりにも短い。

まだ海の物とも、山の物ともつかない存在。
持ち上げるべき時は持ち上げ、貶める時は貶められる存在。
ある意味、それはあるべき姿なのだろう。

映画も、音楽も、社会的に淘汰されようとした時代がある。
その不遇のときを乗り越えて、大衆娯楽としての今がある。

……………………………………………………

ゲームは、大きな進歩を遂げた。
それでもまだ、文化と呼べるようになるためには、
越えるべきハードルがいくつも横たわっている。

ネットを飛び出し、“聖地”と呼ばれる場所で行われた凶行。
そこから我々が得るべき教訓は、きっと少なくはないはずだ。

(おわり)

12:00 | ゲーム | No Comments
2008/07/02
ネット発、アキバ行 vol.2

加藤容疑者はテレビゲームが趣味だった、という。

さらにその後、取調べに対して、
「自分を傷つけるものは嫌い。アニメやゲームは傷つけない」
という趣旨の発言をしたとの報道が有った。

これに対する多くの反応は、
「自己中心的すぎる」
「お前が、ヒトを傷つけてるじゃないか」
といった、容疑者個人に対する批判的な意見。

また同時に、
「アニメやゲームに甘やかされて育ってきた弊害」
と主張する声も少なからず聞かれた。

……………………………………………………

「ゲーム=悪」とする論調。

それは、古くは1980年代後半にまでさかのぼる。
以前の連載でも紹介した、いわゆる『ドラクエ現象』が、
その起こりと言われている。
http://www.junkstage.com/subculture/hitoshi/?p=25

当時は、ゲームがヒトの暴力性を高める云々、といった議論ではなく、
ゲームそのものの商品価値を巡って、暴力事件に発展した例であったが、
やがて世間の風潮は、ゲームと暴力を結びつける論旨へと飛躍していく。

ゲーム悪影響論がピークに達したのは、1990年代後半。

1997年、酒鬼薔薇聖斗事件
1999年、全日空ハイジャック事件
2000年、西鉄バスジャック事件

世の中を震撼させたこれらの事件で、
容疑者とゲームの関係性が取沙汰され、
マスコミはこぞって、ゲーム悪影響論を取り上げた。

「ヴァーチャルとリアルの区別がつかなくなった」
ことが事件の引き金である。
と、まことしやかに囁かれた、そんな時代。

……………………………………………………

翻っていま。

ふたたび起きた惨劇を前にして、
アニメに、ゲームに、そしてネットに、
その犯行動機の裏付けを求めようとする。

秋葉原は、もちろん。
ネットとリアルの狭間であると同時に、
アニメ、ゲームとも浅からぬ因縁のある街である。

その事実も、ゲーム悪影響論の後押しをする。

しかしながら。

ヒトは、ゲームから影響を受けて、凶悪犯罪を犯すのか。
あるいは逆に、凶悪犯罪を犯すタイプのヒトが、ゲームにハマりやすいのか。
それとも、ゲームと凶悪犯罪の間に、全く因果関係は無いのか。

現時点では、わからない。
正確に言えば、いまだ有意な研究成果は発表されていない。

……………………………………………………

個人的には、結局どこまでいっても、
悪影響が有るか否かを測ることはできないのではないか、と思っている。
少なくとも、全く影響がゼロだとは思わないが、
鶏が先か、卵が先か、そこに答えは無いのだ、と。

大事なのは。
わからないものは怖い、という漠然とした不安をもとに、
無闇やたらと悪影響論を振りかざすのではなく、
まず、「自分は流されない」という強い意志を持つことではなかろうか。

ゲームにも、ネットにも。
そして、このような事件にも。

(つづく)

12:00 | ゲーム | No Comments
2008/06/25
ネット発、アキバ行 vol.1

6月8日、正午過ぎ。
秋葉原の歩行者天国で起こった、凄惨な通り魔事件。

加藤容疑者は、自身を“負け組”と評し、
世の中全てを“敵”と憎んだ。

その背景にあるとされるのは、
教育の問題、家庭の問題、雇用の問題、などなど。

しかし、そこに、ことさら触れるつもりは無い。
犯罪心理学をここで披露するつもりも無い。

唯一点。
サブカルを掲げる身として、避けては通れないと感じた疑問。

「なぜ、秋葉原でなければならなかったのか」

それを知る為に、ペンを執った。

……………………………………………………

ヲタク文化の聖地。
サブカルチャーの中心。

秋葉原。

かつての、電気街“秋葉原”から、
電脳都市“アキハバラ”へと変貌を遂げたその街は、
彼にとって、どんな意味を持っていたのだろうか。

彼は、携帯電話から掲示板への書き込みを頻繁に行っていた、
との報道があった。
その数、実に1ヶ月で3,000件。

自身がネット中毒、ケータイであることを自覚していた様子で、
ネットから卒業しろというのは死ねということか、
という趣旨の過激な発言も散見される。

その書き込みの中に、アキバへのリスペクト、
と受け取れるような内容がいくつかあった。

「定価より高く売れるソフトもあった。さすが秋葉原」

同じく、彼はネット掲示板上で、度重なる犯行予告を行っている。
最初は、愚痴めいた妄想にはじまり、
やがて、激流のように“実行”へ向かって流れ出す。

……………………………………………………

ネットとリアルの狭間にある街、
そして、その両方の世界に開かれた街。

秋葉原。

「やりたいこと…殺人、夢…ワイドショー独占」
「誰でもよかった、なんかわかる気がする」

歪んだ夢を臆面も無くネットに綴る、彼の劇場型犯罪欲求。

一方。
現実社会では、派遣労働者として苦悶する日々。

たぶん、彼もネットとリアルの狭間に居た、のではないか。

そんな彼にとって、秋葉原は、
ネット社会からも、リアル社会からも注目を浴びる街。
正に、究極の“劇場”だったのではないだろうか。

……………………………………………………

事件の爪痕。
通り魔事件のあと、その模倣犯が後を絶たない。

ディズニーランドで客刺し殺してくる、と書き込みをした19歳派遣社員。
ダービー当日、東京競馬場の爆破予告をした34歳会社員。
加藤容疑者はバカ、どうせなら銀座を狙うべき、と供述した27歳市職員。

とあるリサーチによれば、
ネット掲示板の取締りを強化すべき、という声は8割に上ったという。

ネット上の掲示板に書き込むところまでは、
精神のタガがあまり抑圧されないのだろうか。

その悪しき潮流を見るにつけ、
この問題、まだまだ闇は深いと感じずにはいられない。

(つづく)

12:00 | ゲーム | No Comments
2008/06/07
新しさと懐かしさの狭間で

ゲームは驚きを生む仕事だ、と誰かが言う。

逆に言えば、予定調和的なモノは、
ゲームの根源的要素を満たしていないのだろうか。

ゲームが、昔ほど面白くなくなった、と誰かが言う。

それでは、昨今のシリーズモノ偏重の趨勢は、
ゲームは本質的嗜好を満たしていないのだろうか。

……………………………………………………

「ゲーム離れ」
という単語が、一昔前にしきりに囁かれていた。

たしかに、1997年には約6,000億円だった市場が、
2005年には約3,000億円と半数近くにまで減少した。

昨年はWiiのヒットもあり、市場は活況であったが、
それでも10年前に比べると、もう一息、という印象だ。

さて。
ゲーム離れ、とは何だろうか。

ゲームが面白くなくなってやめてしまった?
たしかにそれもあるだろう。

冒頭の言葉を引けば、
ゲームから驚きを得られなくなった、のかもしれない。

……………………………………………………

しかし、ここであえて提示したいのは、
“歳を重ねるにつれて、人はゲームから離れるものだ”
という真理である。

ゲームという産業が誕生して、早25年。
当時ゲームに夢中になった少年も、もう30を過ぎる頃。

ゲームを全くやらなくなったわけではないが、
友人とゲームに興じる時間は確実に減っただろう。
朝から晩までゲームをやる気力体力も無いだろう。
ゲーム以外に夢中になる趣味の一つも有るだろう。

そして何より、
昔の大人は、今の大人みたいにゲームをやらなかった、
ということ。

つまり。
あるとき突然生まれた、ゲームという魔物に、
子供たちは夢中になった。
夢中になった記憶を持った子供が大人になり、
昔ほど、ゲームを夢中にやらなくなった。
そんな大人たちが、自分たちの状況を顧みて、
「ゲーム離れ」と、呼んでいるのではないか、と。

……………………………………………………

それはたぶん、成長、というごく自然な現象であり、
市場規模の縮小と、同列で語られるべき事象ではないのだろう。

ゲームづくりの現場は、
いま、戦うべき相手を見失ってしまっているのかもしれない。
少しだけ、そんなことを思った。

12:00 | 雑文, ゲーム | No Comments
2008/05/12
ぼうけんのしょはきえてしまいました

ファミコンのスイッチを入れる。
立ち上がるのは真っ黒い画面。
タイトルロゴが消え、
普段ならタイトルメニューが表示されるその画面で、
不意に、おどろおどろしい呪いの音楽。

そして、画面に表示されたその文言を、何度も読み返す。

——————————–

おきのどくですが
ぼうけんのしょ1ばんは
きえてしま tgbawnpv. goedkope horloges te koopいました。

——————————–

http://jp.youtube.com/watch?v=gQf_QTsvXCU&NR=1

…

『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』は、ドラクエシリーズを、
名実ともに日本最高峰のRPGに押し上げた金字塔的作品である。

1988年に発売された同ソフトは、東京都教育委員会が、
「購入のために学校を欠席することを禁止」
するほど人気が過熱。
ソフトを買えなかった人間による、ソフト強奪事件が多発した。

俗に『ドラクエ現象』と呼ばれるこの事件は、
幸か不幸か、ゲームについて無知の世代の間にも、
『ドラクエ』の名を広く知れ渡らせる結果となった。

…

父の足跡を辿る壮大で重厚なストーリー。
フィールド、戦闘、etcにちりばめられた名曲の数々。
斬新なキャラ育成の要素を備えた仲間・転職システム。
などなど、あらゆる要素が高い次元で融合。

「少しでも長くこの世界を冒険していたい」

そう駆り立てる、絶妙すぎるゲームバランス。
それこそが、全てを成り立たせていたのだろう、
とは今になって思うこと。

後に、スーパーファミコンで、ゲームボーイで、リメイクされたが、
その度に褪せること無い愉しみを提供してくれたことで再認識した。

そう。
当時は、ただ、ガムシャラにプレイしていた。
ただ、毎日学校で、進み具合を報告し合うのが楽しくて仕方なかった。

…

そして、何よりも、プレイヤーを喜ばせたのが、
件の『ぼうけんのしょ』システムである。

それまでは、ゲームの途中経過をセーブするということができず、
ゲーム終了時に『ふっかつのじゅもん』と呼ばれる、
50文字程度のパスワードを発行してもらい、
それを再度ゲームを始める際に入力することで、
ようやく続きを再開することができた。

兎に角、毎回記録を取ったり入力したりの手間がかかり、
なおかつ1文字でも間違いがあれば、途端にやり直し。

そんなリスクからプレイヤーを解放させたこのシステムは、
まさに、新たな技術が生んだ魔法のようにも思えた。
冗談抜きで。

…

そして、同時に絶望のどん底へと突き落としたのが、
件の『ぼうけんのしょ』システムでもある。

冒頭の、そして表題のあの文句。

魔法のシステムは、新しい技術ゆえに酷く脆く、


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2008/11/30 何も変わらない-電気グルーヴ”Nothing’s gonna change”

死ぬほど電気グルーヴに時間を割いている今日この頃
気候も糞もない生活を送っております金戸怜華です

今日は初めて電気と出会った曲をば。
実は電気を好きになり始めたのは
彼らが活動していないころで
その間はずっとこの曲だけですごいなーと思ってました
本格的に好きになったのはコーネリアスにはまったあとだしね
(この話はまたいつかコーネリアスのところで!!)

最近ライブに行って改めてこの曲がいいなと思ったので
その話をちょこっと

ーーー

まりんこと砂原良徳が加入していた時期を除くと
電気は音楽的には石野卓球一人が作っている
ピエール瀧の担当は「瀧」で楽器は扱わない

この曲が入ってるアルバムVOXXXは
砂原脱退後初めて作られたもので、かなりの難産だったらしい

誰もが知る話だが、その後電気はしばらく活動停止する

石野卓球自身も、ソロと電気をどう分けるか
微妙な部分があったのだろう
当時電気グルーヴとしての活動に話が及ぶと
いつもの毒舌ぶりが影を潜めていた
発起人にもかかわらず「電気脱退しようかな」と繰り返し言ったりもした
(メロン牧場-花嫁は死神より)
冗談だろうけれど驚いた

最近になって、いくつかのインタビューで
「瀧がいるだけで自分一人でスタジオに入るのとは違う」
と発言するようになった
(何のインタビューかは忘れましたが確かナタリー)

電気は8年間活動を休止していたが、
卓球自信はその間もソロCD、別プロジェクト、DJと
創造性を鈍らせず精力的な活動をしていた

瀧は瀧でミラクルさんの声をやったり
CMに出演したり俳優をやったりした

石野卓球の発言でよく出てくるのは
「そんなんで金もらえるんだよ?」
とか
「こうすると売れるって言われたんでー」
という、あくまでも音楽活動を「貨幣獲得手段」
として捉えるものだ

でも本当に本当に金を稼ぐためだけで
音楽で自分の道だけを追求するなら瀧はいなくてもよくなったはずだ
しかし実際石野卓球はその手段を取らず
現在も電気グルーヴは続いている

アルバム作成直前にまりんこと砂原良徳が脱退し、
どういうのを電気にしていこうか悩んでいた(らしい)
30代(当時)のおじさんが作ったアンセムは今も美しく響く
先日電気グルーヴのライブに行ったとき
一番美しかったのはVOXXXからのフラッシュバックディスコとこの曲
結婚相手とかではないけれど
誰よりも大切な相手の存在を石野卓球という人間が気付いた瞬間があり
その上で再構築したからこそ美しかったんだろう

こんなこというと絶対に卓球は否定するだろうけれど
「瀧」という息抜きが必要だったんだと思う
その必然性を見つけ出せないままアルバムを作った
だからVOXXXというアルバムはすごく濃くて聴き応えがある
(私はかなり好きなアルバムだが本人たちにとっては辛いものだったらしい)

人間にはどうしても金とか利害関係だけで説明できないものがついてくる
ただのロボットになれたらもっと簡単かもしれないけれど
私たち人間には感情があるしバイオリズムもある
理性で判断されるものと逆の選択肢を取ったほうがうまくいく場合もある
誰だってそういう狭間に立ちながら生きている
どちらかで割り切っている人間なんてどこにもいない
「何も変わらない」まま年と状況だけ複雑化して時間が過ぎる

「虹」のとき卓球は「時間という概念がなければいいんだ」と言った。
そしてこの曲では「何も変わらない」と繰り返す
結局、自分は何一つ首尾よく切り抜けたりせずに年を取っていく

何かが劇的に変わるなんていう瞬間は永遠に訪れない
その中で生きる以外に道はない
それが今の人間が生きる社会だ

初めてこの曲を聴いたときは彼らの背景を何一つ知らなかったが
少し寂しげなのにクラブ映えするリズムと異常にシュールなPVとの
ちぐはぐで奇妙なバランス具合にものすごく惹かれた
それが相手との距離感を計るため、そして自分の立ち位置を探るために悩んだものと知るのは
8年もあとのことだった
参考資料

今月名古屋でのライブのときには、この曲を少しゆっくりめの速さで
石野卓球がボコーダーをかけずに「My heart is like a satellite of yours…」
と歌った。
8年前、私がCD屋で試聴した五島良子の声と同じ歌詞を、微笑みながら。

04:23 | 音楽 | No Comments 2008/11/26 結婚してって・・・-小沢健二“それはちょっと”

最近4000円くらいのDJ用ヘッドホンを買いました。
(ネットで調べたら本当は5000円ちょいくらいするみたいです)
世界が変わりました。
今まで音響にまったく金をかけず、こだわりもなかった自分に幻滅しました。

ーーーー

いとこが結婚するんですよ。
関係ない話だと思うでしょう。
今回の重要なポイントです。

一応普通のメディアにも接しながら生きてきたので
結婚式にはめちゃくちゃ幻想を抱いています。
実際にやると、衣装変えに金がかかったりとか、いろいろ大変らしく、
男性なんかそれで奥さんとけんかしたり
金のことで実家と揉めたりする模様です。
(仕事場の知り合いで最近結婚した人がいる)

まずこの歌詞を読んでください。

小沢健二のこの歌は、彼女と話をしてるんだけれども
結婚するって話になると躊躇してしまう気持ちを歌ったものです

私?結婚したいですよ。
一部の自分のことをよく知らない友人とかには
「絶対結婚しなさそう」
とか言われていますがわたしのどこを見ているのか問い詰めたいくらいです

ヘーゲルあたりによると
(以下大学時代の勉強内容を適当に思い出したものなのであんまり信用しないで)
結婚は次世代の資産をつないでいって
社会を再生産するためのシステムです

でも実際、学問が届かない心の内面的な問題というのも世の中には存在しています
結局、寂しいから結婚するんですよ

どこの世界を研究しても、たぶん人間個人で存在している社会などありません
よくヨーロッパは個人主義とか言ってますけどあんなの嘘ですよ。
私ヨーロッパ(スペイン)に住んでましたけれど、
十分家族形態を重視してるし、個人で生きようなんて思ってないですよ。
個人主義は
資本主義の中でどれだけ自分の所有権を主張するかっていう考え方から生まれたもので
確かにヨーロッパ的ではありますが、
あくまでも近代になってから生まれたものです。

小沢健二って本当にすごい作詞家だと思うんですよ。
何がすごいかって、自分の感情を書いているだけのようでありながら
それは必ずほかの人にも当てはまるような普遍的な世界を描いてるから。

この「それはちょっと」もそうで、
結婚という形式に縛られてしまうと相手も縛ってしまうんじゃないか
でも本当はその人が好きで好きでしょうがなくて
一緒にずっといたいという思いがあるのは事実、というよくありがちな感情。

この微妙すぎる感情って、実はかなり近代になってから生まれたんじゃないかなと
もしもともと許婚とかいて、周りをまったく見ないで生きていたら
その人に一途でいられると思うんですよ

でも実際は、自分は仕事もしているし、
自分の時間も趣味も持っている(一人で)。
そういう状態って、実は近代(というか産業革命くらい)まで
生まれていなかったんですよ。
「わがまま」っていう概念はきっといつの時代もあったでしょうが
それが結婚の障害とかそういうことは考えないでしょう。
(性格的な不一致の問題はここでは除外)

だから相手に自由な生活を送ってもらうためには
自分なんかと結婚して「家庭」という一つの経済主体を作ってほしくない
でもなんとかして一緒にいたい・・・・

私の場合だけかもしれないけれど
自分の存在で相手の自由が失われてしまったら嫌だなあと思ってしまいます
理屈で考えていくと、私と結婚しても誰も「自由」にはならないのに

どちらかといえば家事という仕事とかを任せたり
仮に子ども生んだりしたらある程度頼ることが見えている
転勤もするから、ずっと一緒にいることはできない
相手に転勤を強いるか、自分が一人で行くか、という状態。

でも感情が誰かと結婚したいって言ってる
寂しいから誰かと生活したいって言ってる

いつも自分が理詰めで考えたとおりに生きたい
でも実際は、心がその答えと逆方面にあることも多い

「それはちょっと」という一見変わった題名がついたこの曲は
ある程度の「学問」という語彙と思考を得た上で
悩まざるを得ない現代の人間の本質的なところを
簡単なことばを使ってぎゅっと凝縮して
社会システムに流される私の気持ちを揺さぶる

12:19 | 音楽 | No Comments 2008/11/12 メディアとアーティスト-電気グルーヴ“さんぷんまるのうた”

今回は歌詞があるけど無意味すぎるので題名は適当です
このブログはあまりに昔の曲しか紹介しないので
書き手が実は音楽に疎いと思われていそうで怖いですね
まあ大して詳しくもないわけだが・・・・

ということで今回は10月に発売されたばかりの電気グルーヴの歌を紹介するぜ!
あ、また電気グルーヴとか言わないで・・・
私は石野卓球さんが・・・!大好きなのおおおおおおお!
ああいう声の人がいたら即連絡してください私は結婚します

このブログうp時期と書いてる時期が違うから・・・
なんとかして間にほかのも入れるようにするよ・・・
ただのファンブログになりかねないからね・・・・

ーーーーー

私は仕事の関係で一日に10時間くらいNHKを見ている
その一方で、普通に仕事もあるので
耳でNHKを聞きながら目でPCを見て、というのが日常の仕事スタイル

4月のある日、いつもの通り仕事をしていたら、異質な音が流れてきた

ポップ・ロック・テクノ・ヒップホップの聞き手として生きてきて
早10年くらい経っているから
自分の好きな音が流れたら即反応する
このときも気付いてどこかに曲名が出ていないか画面をチェックした
(余談だが私はパフュームも結構好きで
ネット+ACの広告@07年4月ごろのNHKを見て
この曲とほぼ同じパターンで好きになった)

するとはじっこに「うた:電気グルーヴ」と出ている

好きなのは当たり前じゃないか
参考:前の記事

話はNHKに飛びます。
知っている人は多いかもしれないが
NHKには確実に「サブカル担当」がいる。(制作会社の人かもしれないが)
ネットスターという番組では、
OP/EDともに学生の作ったVOCALOID曲を使い
ニコニコ動画(だけじゃないけど)をフィーチャーした番組を作ってる
(この番組は「現在進行形」です)
民放が作る番組なんかよりずっと面白い
変にかっこつけてないし
取材対象へのまっすぐな愛が感じられる
ならなぜ紅白はあんなのしか出てこないの?という疑問があるが
あれは対象が老若男女なので難しいんだと思う・・・

そして実は電気グルーヴはNHKの常連でしょっちゅうでてくる
まさか番組のOPを作ったとまでは思っていなかったが・・・

彼らは2000年から2008年まで活動を休止していたのだが
その休止宣言はNHKのBS番組で行った
いつも人を食ったような話し方をして
メディアによっては完全に相手をバカにしている石野卓球が
真面目な顔で「活動を休止します」と言った映像が
広大なネット世界のどこかにあるので探してみてください

テクノってどう頑張ってもオタクの音楽。(少なくとも日本では)
私自分と同じような子でテクノ聴いてる人1人しか知らないよ・・・
あと中古CD屋とかに4時間いたりするのが楽しくなるから
友達と一緒に行動しなくなるんだよね
あと元ネタとかを探すのも楽しくなってきたり
友達はさらに減ります・・・・

クラブでは曲を聴くほうに一生懸命になってしまって友達もできません
人と話すどころではなくなってしまうから
いや踊ったりしてかなり楽しんでるんだけれども
他者との会話は特にないというか・・・フェスとかでもそうなんですけれど。
そんなオタクなところも現代の民族音楽たる理由だと思うんだけど
(この話は長くなるのであとはまたいつか)

NHKと電気の話に戻ります
ちょっとひねくれた人にとって電気グルーヴはかなりハマる
普通にライブの日に「中止」と書いた紙を貼ったことある人たちですよ?
それでいて、きちんと欧州テクノの源流も受け継いでいる
瀧の言語感覚はロートレアモンもびっくり
スチャダラパーのANIも驚いたそうな
(電気グルーヴ×スチャダラパーのときのインタビューで発言)

注:ロートレアモンを知らない人へ簡単な説明
「手術台の上のミシンとこうもりがさの出会い」というフレーズで有名な詩人。
シュルレアリズムに多大な影響を与え、
文学化した社会学においても多大な影響があります。
意外なものを同じ俎上に置くことの代名詞みたいな感じで使われます

テレビの世界では「理想」を押し付けられることが多い
電気はその理想をことごとく裏切ろうとしている点でアヴァンギャルドだ
特に今はわたしみたいな考えすぎなメディア関係者が
「生みの苦しみ」を一生懸命引き出してパーソナルな方向に持っていこうとする
「そんな真面目じゃないんだって」という趣旨の返答を
石野卓球は繰り返し、インタビュー泣かせの発言を繰り返す

NHKの中に、彼らをオタクとしてみるべきではなく
ありのままを受け止めてみるべきだと見抜いた人がきっといるんだろう
ふざけながら真面目にやるという普通の人ではできない芸を実現させている
自分たちをそのまま受け止めてくれる人たちには
彼らはありのままの姿を出すこともあるけれども
そうでない場合は相手を食ったような反応しかしない
思い込みの姿通りになんて答えないぜ、と言わんばかりに

資本主義社会の中で生まれている責任感や圧力に
屈しないどころか楽しんでいる
(注:石野卓球さんは実はインタビューなどよりもナイーブな人で
いろいろなことを考えている人だと聞いたことがあります。
あくまでも「電気グルーヴ」の中で出てくる石野卓球です)
「さんぷんまるのうた」は、そんな二人の姿が透けている
アンアンあえぐピエール瀧、犬の声をサンプリングする卓球

いつも緊張してしまって話せなくなるアーティストや
インタビュー相手に話を思ったとおり引き出されている人とは違う

メディアに踊らされるのではなく
メディアを躍らせるアーティスト2人は
メディアというエリート集団を嘲笑できる唯一の存在
この曲は軽い雰囲気で、今の電気グルーヴの重過ぎない空気をうまく引き出し、
今日もNHKの番組のOPとして流れ続ける

01:50 | 音楽 | No Comments 2008/10/29 こちら戦時行方不明者ーM.I.A.”Amazon”

うん・・・やっと28回目を迎えることができたんですね・・・
もう半年もやってるんですね・・・

これを書こうとしたとき
なぜかNHKでは美輪さんのショーが流れていました・・・・

あとちょっとこれからアーティストのダブりが多少出てくるかもしれません
一応あんまりかぶらないようにしてるつもりなんですけどね。
結構限定した人しか聞かないもので・・・
Eminemが今年末にCDを出すかもしれないらしく
そのときにはたぶん祭り状態になって歴代のEminem曲を讃えちゃうとおもうから
今は自重してますww

——-

たぶん読んでいる人にはわからないと思うけれど
私の記憶の中では、今回の話はこっちの話と深くつながってます
(かなり個人的な話なので最後におまけみたいな感じで説明します)

第1回を飾ったM.I.A.ですが
現在妊娠中とのことで最近あまり目立った活動は見られません
が、私の熱は一向に冷める気配がないです
(熱が盛り上がりすぎて本人に大阪に会いに行ったことまであります)
(実際に会ってダンサーのチェリーちゃんとは友達になりました)
(これを偉大なる追っかけ根性と私は呼んでいます)

この曲はシングル化されていないアルバム収録曲なので
一応youtubeにあるブートレッグのビデオをはっておきます

あんまり本人に認められてないものはるのは好きじゃないんだがね・・・もう第1回のときに大体M.I.A.自身の話はしたんでもういいです。

今度はこの曲自身にある背景をちょっと考えます。

この曲を前知識なく聴いたある人は、「無国籍な曲」と言った。

それはまさにその通りで、
この曲は自分の存在感を示そうとしている曲。
自分の場所がどこにも定められていない中で
一生懸命自分の居場所を叫んでいる。

ちょっと専門的な話になるのだが
実は移民というのは大きく分けて2種類ある。
まずはエリート移民。
これは大企業に勤めていて、グローバルに積極的に移動する人。
あとは専門的知識を持っており、どこにいても仕事があるような場合。
この間ノーベル賞の受賞が決定した南部教授や下村教授はその好例。

おそらく多くの人がイメージする「移民」というのはもう一つのほうで、
中流から底流をさまよう移民のことだ。
たとえばインドネシアのボートピープルとか
クルド人難民なんかの政治的迫害を受けた移民はこちらに入れていい。
日本に労働力としてやってくる中国人とかペルー人なんかが
もっとも分かりやすい例かもしれない。

後者の移民のほうは、たいていの場合雇用も保証されず
自分でかなり努力して探さないと仕事は見つからない。
よっぽどの特殊技能がないと、それまでの学歴に見合った仕事はない。
実際私の知っている人で、獣医師の免許を持っているにもかかわらず
日本で土方の仕事をしていたフィリピン人の人がいる。

経済的に、自分の国の国民を雇うだけの力がない国は、
必然的に国外へ労働力を排出することになる。
たいていの先進国は、雇用がないといいつつも
単純労働力については人手不足状態となっており
国外からの労働力でまかなっている場合が多い。

ドイツなんかは、今の経済発展は
トルコ人移民なくしてはありえなかったわけだし。
(ドイツはトルコ人移民を労働力として国策で受け入れた)
フランスのアルジェリア人、スペインの南米からの移民など
例はヨーロッパにたくさんある。
日本でもそうだぜ?
在日を入れたのはいろいろ理由があるけれど
労働力の一部とみなしていなかったといえばそれはうそだ。
あと日本の場合はイラン人やフィリピン人、日系人がそれにあたる。

M.I.A.はイギリスに移住した。
戦火を逃れ、スリランカからやってきたのだ。
彼女自身はそれなりにキャリアを積んで
芸術家(彼女は自分の絵を売って金を作り音楽家になった)として活動した。
名言はされていないのではっきりはわからないけれど
彼女の弟などは決していい身分ではないことは
なんとなくインタビューなどでも伺える。

彼女以外のスリランカ人はどんな生活をしたのか、私は知らない。
しかしヨーロッパに住んでいたことがある人間として、
有色人種に対する厳しい目線や
よっぽどのキャリアがないと単純労働者にしかなれないという状況は
ある程度想像がつく。

この曲は、「私は戦時行方不明者・・・」ということばで始まる。
彼女はどんなときでもまず
「戦争をなくす」
という視点で話(及び歌詞)を進めていくので
こういう言い方になったんだと思う
労働力として使い捨てられて、
セイフティーネットの網からは零れ落ちてしまう人たち

世界中に散らばる移民は
自分の故郷のことを忘れはしないけれど
どこかで自分の生まれた場所に思いをはせる

この曲では世界中に佇むM.I.A.自身の姿が語られるのだが
私はそれが世界中の移民の姿に見えて仕方ない

同時に、エリート移民としてのM.I.A.の姿も見えてくる
「これは革命のためなの」
それはある目的などのために
世界中を飛び回らなければならない真正のエリートの姿でもある

ここでの目的は「revolution」「for the nation」。
金に言い換えてもいいかもしれないし、学問に言い換えてもいいかもしれない。
たいていのエリート移民は抜け目ないから
セイフティーネットからこぼれ落ちることはない
でも実は心のなかは
ある程度下層移民と共通するものもある
その気持ちは、自分が完全に「デラシネ=根無し草」であることを認識すれば
だんだんと薄れていく場合も多いのだけれど

「家に電話してもいい?家に帰ってもいい?」
という気持ちは
自分のいる場所がすべて家になってしまったときには
いつの間にか消えてしまう
自分がどこにいても愛されて必要とされる感触が味わえれば
どこにいたって怖くなんかないし、孤独も感じない

そこに達するのは、決して簡単なことじゃない

昔最初にこの曲を聴いたときには
本当に強い人の歌だと思った
だけどその一方で
人間がどうしても感じる寂しさを
無理やり強がっているようにも聞こえる

そんな部分が、私の心にも強く響いた
世界中にいる中途半端なデラシネたちにも
おそらく響いたんだろう

目的がはっきり定まって突き進むことができて
自分が愛されている感触が得られればいい
しかし現在の労働市場の都合だけで移動している人は
愛情を見つけるのは難しい
この曲を聴いた人は共感を得ると同時に
M.I.A.に対する羨望も抱くだろう

すべての移民の姿を映し出している曲として完璧だ
リズムなども、少し民族音楽を思わせるものでありながら
西欧のエレクトロニカの枠にも入る不思議なもの

ちょっとここから相当個人的な話

冒頭に出てくる「ある人」とは
サイハテの記事でも少し書いた自分の担当教授で
移民研究で有名だった方です
私が大学4年のとき、就職が決まる前に突然亡くなりました
私は最後に先生に反抗するような議論をふっかけてしまい
その後一度も会わずに通夜の案内係をすることになりました
昔彼は飲み会の席で私のiPodを無断で手に取り、この曲を聴き
「何か無国籍な音が聞こえるぞ」「君らしいな」
と私に笑って言いました
先生は私に今も同じ調子でしか語りかけてこない
新しい言葉を聴くことはできない
非常に目をかけていただいており、光栄でした

この記事に書いた半分くらいのことはその教授から学んだことです
サイハテの記事を書いたとき
次は必ずこの曲にしようと思っていました
追悼の意味と、移民が今の世界で重要な役割を果たしていることを
少しでもいろいろな人に知ってもらうために。

12:18 | 音楽 | No Comments 2008/10/19 向こうはどんなところなんだろうね?-小林オニキス”サイハテ”

最初にどうでもいいことからはじめますが
電気グルーヴの追加公演の題名がすばらしすぎる
「飲尿始まり 食糞終わり」
何これwwwwww秀逸すぎるwwwwww

――――

27回目、はじまるよー
思うところが多いので少し長いよー

この間無碍に死んでいった人のことを考えると
EminemのLike Toy Soldiersを思い出すという話をした
そのとき少し触れたが
同じく死を考えるにあたっては
「サイハテ」という曲も興味深い
曲だけではなく、曲を取り巻き起こった現象も含めてだ

改めてyoutube版

ちょっと複雑な説明になるが
私の場合は
死について考えるとき→Like toy soldiers
死に対する人間の反応を考えるとき→サイハテ
という連想がある

この曲は1月16日に小林オニキスと名乗る方によって発表され
大変な人気を博した


class="entry-meta-item time published cutetime" datetime="2017-05-09T05:29:10+02:00"> 09.05.2017 r. (05:29)


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